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出エジプト記 23章1〜13節 2015年7月25日 |
あなたは偽りのうわさを言いふらしてはならない。あなたは悪人と手を携えて、悪意のある証人になってはならない。(1) 人のうわさ話というのは、楽しく、盛り上がります。しかし多くの場合、それらは伝聞に基づいており、人から人へと伝わっていくうちに最初の話とはずいぶん異なったものになってしまうものです。そこに「悪意」がある場合にはなおさらです。私たちは、人の善し悪しを言いふらすような無責任な言動は慎むべきです。
私たちはいつも真実を語ります。多数に従って証言を曲げてはいけませんし、また権力や経済力を持つ人々にすりよるようにして、偽りを語るようなことがあってはなりません。また逆に、貧しい人に同情して、証言を変えてはなりません。もちろん、正しければ何でも言ってよいということではないでしょう。ただ真実であられる主は、私たちが真実を語り、真実に生きることを求めておられるのです。
またここには、地を耕し、六年収穫したら、七年目は休ませることが定められています。それは土地を休ませると共に、貧しい人たちが糧を得るための知恵でもありました。
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出エジプト記 23章14〜19節 2015年7月26日 |
あなたの土地の初穂の最も良い物を、あなたの神、主の家に携えてこなければならない。(19) イスラエルの民は年に三度、祭りを祝うことが定められていました。第一は種入れぬ祭。これは過越の祭とも言われて、イスラエルが奴隷であったエジプトから救い出された事を記念していました。
第二は過越の祭から五十日後に、五旬節の祭。ここでは「勤労の初穂をささげる刈入れの祭」と言われています。その年の収穫の初めであり、初穂の祭とも言いました。この初穂の祭は、その年の収穫の一番最初のものをまず、主の御前にささげるということを意味していました。またそれは「最も良い物」でなければなりませんでした。
そして、第三が「年の終わりの取入れの祭」と言われるものであり、麦やぶどうの収穫が終わった秋に祝われました。また、この祭は荒野での生活を記念して、天幕で過ごす、「仮庵の祭」とも言われます。
この年に三度の祭りに、男子は皆、主なる神の前に出ることが定められていました。それは主がしてくださったその御業を感謝することを忘れないためでした。
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出エジプト記 23章20〜33節 2015年7月27日 |
見よ、わたしは使をあなたの前につかわし、あなたを道で守らせ、わたしが備えた所に導かせるであろう。(22) 主はイスラエルをあのエジプトの苦しみから救い出してくださいました。しかし、それで終わりではありません。主はちゃんと彼らのために良い地を備えていてくださいました。そして、その地に入るまでの道筋についてもちゃんと計画を立て、使いを遣わして、彼らを導き、彼らを守ってくださいました。彼らにとっては初めての道です。容易に迷ってしまいかねませんし、敵が襲ってきたらひとたまりもなかったことでしょう。しかし、彼らをエジプトから救い出してくださった主は間違いなく、彼らを導こうとしていてくださったのです。ですから、彼らにとって大切なのは、主に遣わされた者の言葉をよく聞いて、従うということでした。
そして特に彼らが気をつけるべき事は、彼らが入って行こうとしている地の人々が拝んでいる神々を拝んだり、仕えたりしてはならないということでした。彼らはただ彼らを救ってくださった主のみを礼拝し、このお方に仕えて行くべきだったのです。
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