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申命記 24章1〜9節 2016年2月29日 |
人が妻をめとって、結婚したのちに、その女に恥ずべきことのあるのを見て、好まなくなったならば、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせなければならない。(1) イスラエルにあっても、結婚後に、相手の女性が気に入らなくなってとか、嫌うようになって、結婚生活がやさしくなくなってしまうことはあったのでしょう。そのような場合に、モーセは離婚を許しています。ただその場合にはきちんと離縁状を渡し、そのことを公にするとともに、最低限の女性の権利が守られるようにしました。これは神が離婚を推奨しておられるということではありません。人があまりにもかたくなだからです。
不貞行為や暴力がある場合は別にして、離婚を軽々しく考えるべきではありません。主イエスが離婚に対して、厳しい見方をされるのを聞いて、結婚していた弟子たちも含めて、それならそもそも結婚しない方がましです、と言ったほどです。
その意味では、主が、結婚ということをそれほどまでに重要なこととして考えておられるのだということを知りたいと思います。
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申命記 24章10〜22節 2016年3月1日 |
あなたはかつてエジプトで奴隷であったが、あなたの神、主がそこからあなたを救い出されたことを記憶しなければならない。それでわたしはあなたにこの事をせよと命じるのである。(18) 貧しい人々に配慮すべきことが語られています。貧し人々からとった質物はその日のうちに返すべきこと、貧しい雇い人に対してはその日のうちに賃金を支払うべきこと、畑の小麦やオリブ、ぶどうなどの収穫についても、全部残らずとってしまうのではなく、貧しい人々のために残しておくべきことなどです。
孤児や寡婦、寄留の他国人などが社会的な弱者になりやすいのは昔も今も変わりません。主はそのような貧しい人々、困難の中にある人たち、助けを必要としている人たちのことを御心にとめていてくださいます。しかし、同時に、私たちがそれぞれ自分の身近にいる助けを必要としている人々のために想像力を用いて、配慮していくということが求められています。私たちはそのようにして愛することを学びます。そして、また、自分たちもまた、かつて、エジプトで奴隷であったところから救い出していただいたのだという、主の恵みの過去を思い起こすのです。
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