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申命記 7章1〜5節 2016年1月25日 |
あなたの神、主が彼らをあなたに渡して、これを撃たせられる時は、あなたは彼らを全く滅ぼさなければならない。彼らとなんの契約をもしてはならない。(2) イスラエルがこれから入って行こうとしている約束の地に住む先住民たちは道徳的にも宗教的にもとても堕落していました。私たちは「全く滅ぼさなければならない」とか「なんの契約もしてはならない」という言い方はあまりにも極端で、残酷だと思います。それらの民と婚姻関係に入ってはいけないというのも冷たく感じるかもしれません。ただ同時に、先住民と共に生きていこうとしたら、きっとイスラエルの民はその地の神々を拝むようになり、また彼らと同じような汚れた生活の中に取り込まれてしまうであろうことを神は知っておられました。そして、実際、民がその地に入って行ったとき、神が懸念しておられた通りのことが起こっていき、やがて、イスラエル自身が滅ぼされるべきものとなっていったのでした。
妥協してはいけません。神に従って生きるという一線を守ることが、祝福につながるのです。
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申命記 7章6〜11節 2016年1月26日 |
あなたはあなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地のおもてのすべての民のうちからあなたを選んで、自分の宝の民とされた。(6) 主はイスラエルの民のことを「主の聖なる民」とおっしゃいました。ここで「聖なる」とあるのは、主に選ばれ、他の民とは区別されているということを表しています。神がイスラエルの民を愛し、特別に選ばれたのです。それはイスラエルの民が特別に数が多かったとか、優秀だったとか、信仰が深かったということではありませんでした。ただ神のあわれみのゆえに、またイスラエルの先祖に語られた約束のゆえに、主はイスラエルの民を救い出されたのです。主はどこまでもそのお約束に真実であり、またその恵みを千代までも与えて下さるお方です。その意味でも、私が主に従い、御言の中を歩んでいくということはとても大切なことなのです。
主は私たちを愛し、私たちをご自身の宝としてくださいました。主の宝の民とされたさいわいを心から感謝しながら、他の民とは区別されているものとして、それらしいきよい歩みをさせていただきたいと思います。
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申命記 7章12〜26節 2016年1月27日 |
あなたは彼らを恐れてはならない。あなたの神、主である大いなる恐るべき神があなたのうちにおられるからである。(21) 神はイスラエルの民に、その命令と定めとおきてとを守って行うようにと命じられます。そして、それには大きな祝福の約束が伴っていました。その祝福は持ち物にも、家庭にも、健康にも及ぶ豊かなものでした。
イスラエルの民が約束の地をいただいていくためには、その先住民を追い払い、滅ぼさなければなりませんでした。確かにその民は数が多く、強いかも知れません。しかし、その民を恐れて妥協を重ねるということがあってはなりませんでした。先住民と妥協することはきっとイスラエルの民を偶像崇拝に導いていくからです。イスラエルの民が恐れるべきなのは強い武器を持ち、軍隊を抱える先住民ではなく、彼らの神、主である大いなる神でした。
イスラエルは一度にすべての土地を自分たちのものにするわけではありませんでした。そこにも神の深い知恵があったのでした。
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