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レビ記 13章1〜46節 2015年9月21日 |
重い皮膚病の患者は、その衣服を裂き、その頭を現し、その口ひげをおおって『汚れた者、汚れた者』と呼ばわらなければならない。・・・その人は汚れた者であるから、離れて住まなければならない。(45〜46) 今日の聖書の箇所で「重い皮膚病」と訳されている言葉はヘブル語では「ツァーラート」という言葉で、旧約聖書がギリシャ語に訳されたときにこの「ツァーラート」が「レプラ(らい病)」と訳されたことから、日本語でも長く「らい病」と訳されてきました。今日では聖書学の発展と共に、「ツァーラート」と「らい病」は違う病であることが明らかになっています。
いずれにしても何らかの皮膚病であり、家や布の表面にもできるかびのようなものをも含む総称だったのだろうとされています。いずれにしても、この重い皮膚病は単なる病気ではなく、宗教的な汚れを負うものとされていました。「汚れ」ですから、その病気の診断も、「治った」(「きよくなった」)という宣言も祭司によってなされました。
彼らは宿営の外に住み、誰かが近づいた時には、「汚れた者です」と叫んで警告しなければなりませんでした。しかし、このような重い皮膚病の人にも主イエスは近づいて、その手を伸ばし、きよめてくださったのです。
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レビ記 13章47〜59節 2015年9月22日 |
七日目にかびを見て、もしその衣服、あるいは縦糸、あるいは横糸、あるいは皮、またどのように用いられている皮であれ、かびが広がっているならば、その患部は悪性のかびであって、それは汚れた物である。 (51) ここで「かび」と訳されている言葉も「ツァーラート」です。衣服に発生した「ツァーラート」は衣服の表面に広がって、その衣服全体をダメにしてしまいます。ですから大切な事は、その衣服の状態を見て、確かにその「ツァーラート」が時間の経過と共に広がっていれば、その衣服を火で焼かなければなりませんでした。
疑わしい箇所が広がっていなければ、洗います。もし、色が落ちるなら、問題ありませんが、色が落ちず、問題箇所も小さくならないなら、それは「ツァーラート」と宣言されました。羊毛でも亜麻でも、皮でも同じ規準で判断されました。火で焼いてしまうのはもったいないように思えるかもしれません。荒野を旅するイスラエルの民にとってはなおさらのことです。しかし、汚れに気づきながらもそれを放置しておくことはさらに深刻な汚れをその家に、またイスラエルの民全体にもたらすことにもなってしまいます。汚れは焼き尽くしていただかなければならないのです。
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