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列王記上 17章1〜7節 2016年9月24日 |
わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。(1) 次々に神に背く王が立っていった北イスラエル王国でしたが、そのような中で、主は次々に預言者たちを立てて、王に対して裁きを語り、また主に立ち返るべきことを語られます。ただ預言者たちにとってはとても厳しい時代だったことでしょう。王は自分に都合のいい預言を語る預言者は優遇し、囲い込んだことでしょうけれど、厳しく間違いを指摘し、悔い改めを迫る預言者たちは多くの場合、厳しく弾圧されたからです。
そのような時代に、アハブ王の前にひとり立つ預言者がいました。エリヤです。エリヤは「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます」と語ります。アハブは多くの偶像を持ち込んだかもしれません。しかし、それらの神々は生きていません。主はエリヤをケリテ川のほとりに導かれ、そこでエリヤを守られます。おそらくアハブもエリヤがそのようなところに潜伏しているとは夢にも思わなかったことでしょう。生ける主は確かにエリヤを守り、養ってくださったのです。
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列王記上 17章8〜16節 2016年9月25日 |
主がエリヤによって言われた言葉のように、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えなかった。(16) ケリテ川の水が枯れたとき、主はエリヤをシドンに属するザレパテに導かれます。シドンはアハブの王妃であり、多くの偶像を持ち込んだイゼベルの故郷です。しかし、神はまるでアハブをあざ笑うかのようにエリヤをザレパテに導かれたのでした。しかし、神がエリヤを導かれたのはザレパテのやもめの家でした。彼女はききんの中で極貧の生活を強いられており、まさに死のうとしていました。
エリヤが彼女に求めたのは、「ひと口のパンを」ということでした。ただ実際にはこのやもめはそのひと口のパンさえもないような状況の中にありました。彼女にあったのはかめに一握りの粉と、びんに少しの油だけでした。しかし、エリヤは彼女に、「かめの粉は尽きず、びんの油は絶えない」と約束してくださったのでした。このやもめは主の言葉を信じてエリヤのところにパンを作って持ってきます。そして、主がエリヤに語られた通りになり、エリヤもその親子も命を与えられたのでした。
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列王記上 17章17〜24節 2016年9月26日 |
女はエリヤに言った、「今わたしはあなたが神の人であることと、あなたの口にある主の言葉が真実であることを知りました」。(24) エリヤはやもめ女と男の子が住む家に身を寄せていたのですが、その男の子が病気になりついに死んでしまいます。彼女はエリヤに食ってかかるように、自分の怒りをぶつけます。エリヤはその子のなきがらを受け取ると、自分のいる屋上の部屋に上り、主に呼ばわり、祈ります。エリヤは「わが神、主よ」と祈り求めます。エリヤは集中して主に求め祈ったのでしょう。聖書は「主はエリヤの声を聞き入れられた」と語ります。その子の魂はもとに帰って、彼は生きかえったのでした。主は、私たちの祈りをも聞いてくださいます。私たちは、人々の魂の救いのために、人々が主に立ち帰り、主を信じるようにと祈ります。けれども同時に、人々の魂の痛みを知って、人々のために祈る者たちでありたいと思います。
このやもめはエリヤに「あなたの口にある主の言葉は真実です」と言いました。彼女はこのことを通して異国の地にありながらも、聖書の神が本当の神であり、その御言はいつも真実であることを告白したのです。
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