恵まれたひと ルカ 1章 26〜37節
御使いがマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。(26)
マリヤの元に御使いがやってきます。そして「おめでとう。恵まれた人よ」と呼びかけたのです。
1 恵みにふさわしくない者に
マリヤはお金持ちでもない。許嫁がいて、ヨセフと言いました。このヨセフも確かにダビデの末裔だとは言うのですが、何のことはない、ガリラヤの田舎の大工にしか過ぎませんでした。
彼女の中に何かとりたてて優れた人間的資質があったからではない。立派だったからご褒美にということではなく、神に何かをいただく資格などない、天使に、おめでとう!喜べ!なんて言われる筋合いもない、そんな者に主の憐れみが注がれているのです。
2 恵んでくださる方
めぐ「まれた」というのです。つまり、ここで私たちは受け身であり、恵んでくださるお方がいる、恵みの主体は私たちではなく、恵みを与えて下さるお方がいる。だからここで御使いは言うのです。あなたは神から恵みをいただいている。あなたに恵みを与えて下さるのは神だ。そのお方はいと高き方、主なる神、聖なる方。語られたことを必ず実現してくださる方。知ってください。何がよいことがあったとか、ないとかにまさって、恵みに満ちたお方がいてくださる。私たちを恵み、生かしてくださるお方がいてくださる。そこに福音の中心があるのです。
3 恵まれているということ
この御使いが伝えた恵みとは何だったのでしょうか。それは金持になるとか、社会的に成功するとか、有名になるとか、ということではありませんでした。
@主があなたと共におられる どんな祝福にまさって大きい神さまの恵みは主なる神があなたと共におられるということです。
A救い主がお生まれになる 旧約聖書に約束されていた救い主がおいでになる。しかもその救い主は神の子イエスご自身でした。神はみ使を遣わすだけではなく、自ら人になってこの世に来られたのです。
Bあなたが神の救いの歴史の中に置かれている ・・・ 単にあなたが救われて、恵まれてというだけはない、マリヤもそうだったように、あなたも神の救いの歴史の大切な担い手として生かされているのです。
終わりに・・・神の恵みを受け止めるために
大切な事はあなたが、神さま、私に恵みを与えてくださってありがとうございます、主が一人一人のしもべたちに頼みたいと思っていることはそれぞれ違うでしょう。けれども主のお心のままに生きる。神様の恵みはそんなあなたに注がれていきます。それが恵まれた人の生き方なのです。
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