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使徒行伝 6章1〜7節 2013年5月7日 |
兄弟たちよ、あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判のよい人たち七人を捜し出してほしい。その人たちにこの仕事をまかせ、わたしたちは、もっぱら祈と御言のご用に当ることにしよう。(3〜4) 教会にまた新たな問題が浮上しました。問題があること自体はとても正常なことです。大切なのはその問題に対してどのように向き合うかということです。ここで出て来た問題は、いわゆる信仰の本質に関わるような、神学的な問題というよりは、食糧の配給に関わる問題でした。案外、小さなことが大きなつまづきになることがあります。この当時、エルサレム教会には外国生まれで、ギリシャ語を母国語とするユダヤ人と、イスラエル生まれでヘブル語を母国語にするユダヤ人がいました。そして、このギリシャ語を使うユダヤ人たちから問題提起がされたのでした。
十二使徒たちは、教会全体でこの問題に対処します。そして、、自分たちでなければできない働きに、自分たちが集中するために、御霊と知恵とに満ちた評判のよい人たち七人を選ぶことを提案します。彼らは同時に、ギリシャ語を使うユダヤ人たちの代表者たちでもありました。このようにして教会は問題を乗り越え、成長していったのです。
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使徒行伝 6章8〜15節 2013年5月8日 |
議会で席についていた人たちは皆、ステパノに目を注いだが、彼の顔は、ちょうど天使の顔のように見えた。(15) 「日々の配給」「食卓のこと」のために選ばれた七人のいわゆる「執事」たちですが、雑用にあたって使徒たちをサポートするというだけでなく、非常に力強く証しをし伝道にあたっていました。ステパノもその一人だったわけですが、恵みと力とに満ちて、とても力強い証しをしていました。特にステパノが語っていたのはギリシャ語を話すユダヤ人たちだったのでしょう。「リベルテンの会堂」とは、ローマに、連れて行かれ、奴隷として売られた人々で、自由の身になった人々がエルサレムに戻って造った会堂と言われています。そしてそこに属する人々はとても熱心で原理主義的な信仰を持っていました。いわゆる外国生まれのユダヤ人たちの中にはユダヤ教にとても厳格な人々がいたのです。そして彼らはイエスをキリストと証しするステパノにとてもいらだっていました。彼らは嘘をついて民衆を扇動し、ステパノを捕らえて議会に連行します。
しかし、聖霊に満たされていたステパノの顔は、逆上し、興奮する人々の中にあって天使の顔のようでした。
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