私たちは古い生き方を捨て、新しい命に生きる者とされました。特に異教の習慣に縛られて生きていたエフェソの異邦人キリスト者たちにとって、主イエスを信じて新しい歩みをするということがどんなに重要なことだったことかと思います。しかし、それは今まで律法を全く知らなかった彼らが律法に縛られ、詳細な規則を守って生きようと努力を始めるということではありませんでした。そうではなく、神に愛されている者、神に愛されている子、光にされた者として生きるということです。
そして、パウロはそのような新しい歩みを家庭生活の中でも生かすようにと勧めます。夫婦の間で、また親子の間で、また主人と僕との間で、新しい生き方がされていくことが大切です。命を捨てるほど妻を愛し、主に仕えるように夫を敬い、仕える、それはまさにキリストと教会との愛の結びつきが具体的な家庭生活でもあらわされていくことなのです。