主イエスは捕らえられ、ユダヤ人たちの最高法院で神を冒瀆する者として死刑を宣告され、ローマの総督ピラトの法廷に、ローマ皇帝に反逆する者として訴えられて、死刑の判決を受けます。ピラトは主イエスに何の罪も認めることはできませんでした。しかし、ピラトは人々の声に負けて正しい裁きを曲げたのでした。
主イエスは十字架につけられました。しかし、それは単なる非業の死ではありませんでした。まさに主イエスは、私たちを罪から救うために自ら進んで十字架の道を進まれたのです。
そして、主イエスは十字架の上でも、自分を十字架につけた者たちのためにとりなしの祈りをささげ、自分の隣で十字架についていたひとりの犯罪人を救いに導かれました。自分の罪を認め、主の思いの中に覚えていただくことを求めた犯罪人を、主は「私と一緒に楽園に」と導いてくださったのです。