主イエスは宣教を始められる前にまず、洗礼者ヨハネからバプテスマを受けられました。しかし、もう一つ大切なことがありました。悪魔の誘惑を受けられたのです。私たちもいろいろな試練・誘惑に会うことがあります。誘惑の中に飛び込んでいくことは避けるべきです。しかし、誘惑に会うこと自身は罪でも、信仰が未熟なしるしでもありません。
主イエスのあわれた誘惑は、受難のメシアは止めておかないかという誘惑でした。サタンはイエスさまを十字架から引き離そうとしていたのです。人々が,求めているのは十字架による罪の赦しではなく、パンだ、奇跡的な力を持ったメシアだ、悪魔と手を組んで人々を豊かにしよう・・・しかし、主イエスはいずれも聖書の御言葉によって退けられたのでした。私たちを守り、私たちを生かし、私たちに勝利を与えるのは、まさに神の御言葉なのです。