エレミヤ17章

祝福されよ、主に信頼する人は。・・・彼は水のほとりに植えられた木のようになり、川の流れにその根を張り、暑さが来ても恐れず、その葉は茂っている。旱魃の年も恐れず、絶えず実を結ぶ。(7~8)

 イスラエルの民はその罪のゆえに主が与えられた約束の地から離れなければなりません。エレミヤはそのことを知っていました。エレミヤは大きな痛みをもって主の言葉を語ります。彼らは自分たちはエルサレムの神殿で主を礼拝しているというでしょう。しかし、同時に彼らは、偶像を拝み、また主が与えられた律法を守ろうとはしません。たとえば安息日を覚えてこれを聖とせよ、と言われていても、主を礼拝する神殿でさえも、安息日に荷物を持ち込んで商売をしている・・・それが現実でした。彼らは主に従おうとはしないのです。
 しかし同時にここでは主に信頼する人に与えられる祝福が語られます。主から心が離れ、人に信頼するのは愚かなことです。けれども、主に信頼する人は、水のほとりに植えられた木にたとえることができます。根を川に伸ばしてそこから水分を得ることができるので、どんな暑さや干魃の中にあっても、枯れることなく、いつも実を結ぶことができるのです。