「ダビデの詩」という表題がついていますが、この詩編がダビデの作なのか、ダビデのために歌われたのか、ダビデにちなんで作られたのか、詳細は分かりません。しかし、少なくともユダヤ人たちはこの詩編を読んだときに、ダビデを思い起こしたのです。
この詩編の記者は心を尽くして主に感謝しています。主の慈しみとそのまことを思うときに、神を賛美せずにはいられなかったのです。何も問題がないという訳ではありません。しかし、主はこの作者を生かし、守り、救ってくださいました。この詩編の作者は、主が自分のために成し遂げてくださった御業を感謝しないではいられません。いや、まさに主がしておられるすべてのことが自分へのあわれみや、慈しみに満ちていることを感じないではいられないのです。主は大きなお方、私たちをはるかに超えた聖なるお方です。その大きな主が私のことも御心にとめて、私のためにその御業を行ってくださる。この作者は主をあがめずにはいられないのです。