イスラエルの民がカナンの地に入って行く前には、その地に住む民は偶像を拝み、また悪を行い、罪に浸って生きていました。主はイスラエルの民に対して、繰り返し繰り返し、偶像を拝まないようにと警告されました。私たちは、あれほど大きな救いを経験したイスラエルの民が主を捨てて偶像を拝むようになるとはなかなか考えにくく思います。しかし、歴史は、神が警告しておられたとおりのことがイスラエルの中に起こっていったということを証言しています。偶像礼拝は、まさに神ではないものを神とすることです。そしてその背後にあるのは人間の欲望の実現のために存在する神々なのです。それは最終的には自らが神に替わることさえも願うのです。
主はイスラエルの民が偶像にすがって生きるのではなく、主に信頼し、その恵みに感謝して生きることを願っておられました。そしてそれは決して窮屈でしんどい歩みではなく、喜びと楽しみに満ちた生涯なのです。