すべての日は主のものですし、私たちが信仰者として生きるのは日曜日や特別な集まりのある日だけということではありません。しかし、主は私たちの歩みにリズムを与え、またその恵みを記憶にとどめるために、特別な日や祭を定められました。
まず取り上げられているのは安息日です。週の七日目には仕事を休み、聖なる集会(聖会)を開きました。そこでは神が讃えられ、律法の書が開かれて聞かれ、また祈りがささげられました。
次に、一年に一度やってくる祭としては、第一の月の十四日に過越祭。これは主がイスラエルをエジプトから救い出されたことを記念するものでした。そして、過越から七週、五十日目の祭。これはその年の最初の収穫を感謝する時でした。それに加えて、第七の月(今の九月~十月頃)には十日は贖いの日、そして十五日からは仮庵祭が祝われました。これは荒野の生活を主が守られたことを感謝する時でした。そのようにして彼らは主の恵みを心と身体に刻んだのです。